中上健次 『枯木灘』

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戦後生まれ初の芥川賞作家であった中上健次の作品。

大学時代、読書数が既に4000冊超という恐ろしい読書家の先輩に「日本の作品なら中上を読んでおけば」と勧められたことがあった。私が最初に手にしたのは『岬』、続いてこの『枯木灘』である。

本作の特徴であるが、地縁的であり、それ以上に血縁的であり、何よりも肉感的な主人公とそれを取り巻く人々の愛憎劇とでも言えようか。

その舞台設定、筋書きだけでも相当程度生々しい物語を想像してしまうのであるが、私が何よりも驚嘆したのはその人間描写であった。

理知的な側面の描写を極力排し、感情を極限までにクローズアップして描き出される人間像。生きる意味など問うものはいない。ただあるがままに生きる。「血の通った物体」としての人間像とでも言えようか。

であるが故に、中上の文章は頭にではなく胸に抉り込んでくるかのような鋭さが際立つ。

血を憎み、複雑な人間関係を疎み、ただ土方の労働の中で自然と一体化することにのみ一時の慰安を覚える主人公秋幸。

しかしそれでも沈静化し得ない激情が秋幸には通っている。時折性的な面での噴出を見せながらも確実に鬱積していき、遂には悲劇的な爆発を見せることになる。

『岬』を読んだ時もそうであったが、中上の作品には人間の「生身」に肉薄する迫力を感じさせられる。

余談だが、私の父方の生まれが和歌山で(更には、中上と私の父は同じ和歌山県新宮市の出身)、本作の舞台と近く、私の幼い頃の夏休みの思い出などとも軽くオーバーラップし、本作には直接関係のないセンチメンタリズムも覚えた。

和歌山には祖母が亡くなった時を15歳の時を最後に、もう25年以上行っていない。中上の作品群を堪能し、近い将来紀州南部を旅するのも一興かもしれない。

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