カフカ 『城』

3.5
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私が最も好きなカフカの作品である。
こう言えば如何にも奇を衒ったように聞こえるだろうか。正直私もそう思う。

『変身』などよりはるかに奇妙な作品である。人によっては「意味不明」の一言で一蹴してしまうかもしれない。事実、私にとっても意味不明であった(『アメリカ』ほどではなかったけども)。

ある城の官僚として雇用された主人公が、周辺の町にまではやってくるのであるが、決して城には辿り着けないという物語。そこに表現されるのは、倦怠しきった町人達と、それに飲まれ行く主人公の姿である。

私がそこに感じたのは、「不条理への迷い込み」の稀有な表現である。
人間の意思や生命力をあざ笑うかのような不条理。人生にはそんな不条理に迷い込む瞬間がある。この不条理、理解不能な状況には、ある種の世界観の表れがあると思っている。私にとって、世界を、世間を、人間を、多面的に見るにはこういう作品にも触れることが有用であった。

一般に「視野の広さ」という言葉はよく利用されるものと思われる。いろんな物を見たり知ったりすることを意味するが、私は「視野の広さ」と対になるべき概念、一つの物を多面的に見ること、またはその能力を意味するものとして「視座の広さ」という概念をよく用いる。

立脚点が一箇所であるうちは、仮に「視野の広さ」によりいろんな物事を見ることができるとしても、「視座の広さ」を伴わねば対象各々の一側面しか見ることができない。

例えば、10円玉は上からしか見ないうちは丸い形にしか見えない。対象の別の側面を見るには、そのもの自体の向きを変えるか、自分が他の側面に回り込むように動くしかないのである。10円玉で言えば、真横から見れば長方形に見えるようになる。

他の側面に回り込むとは、自らの立脚点を変えることである。物事を評価するにおいては、「視野の広さ」に加え、自分の価値観とは異なる価値観の立場で対象を評価する「視座の広さ」が不可欠であると、常日頃から心がけるようにしている。

私が本作から学んだのはそんなことである。

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