書評:ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』

4.0
3. 海外文学
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人生における重さと軽さの本質的同根性

ミラン・クンデラは旧チェコスロバキアの作家である。『存在の耐えられない軽さ』は彼の代表作と言ってもいいだろう。

本作は恋愛をプロットのベースとした作品と言える。

男主人公トマーシュは、テレザへの説明し難い情念と女性一般に対する奔放な肉欲的嗜好の間に絶えず心を揺らす人物。

対して、女主人公の1人テレザは、長く続いた家庭的束縛からの脱走を望む一方、愛人たちとの関係を断とうとしないトマーシュとの生活という愛憎一緒くたの新たな苦悩の生活を続けている。

もう1人の女主人公、トマーシュの愛人の1人であるサビナは、定型的・ルーティン的な生活を嫌悪し、裏切りと新たな環境を求める遊牧的な生活が常態化した女性。

束縛は重さなのか。
自由は軽さなのか。

クンデラはニーチェの言葉を借りつつ、人生は永劫回帰なのか、それとも一度限りのものなのか、という実践哲学的に見た時に極めて難問となる問いかけをする。

これは、どちらの考え方に立つ人生観の方が重いのか、それとも軽いのか、というような単純な設問ではない。

重い人生の方が結局は軽やかに過ごせるのか、軽薄な人生は耐え難く重いのか。

重さと軽さの二元論では済ますことのできない、両者の逆説的な同一性が浮かび上がってしまう様子を鋭く捉え、表現したと言って良いだろう。

重さと軽さの同一性は、闘争と逃走の同一性と言いかえることができるかもしれない(何か浅田彰的ですな)。

または、エーリッヒ・フロムが『自由からの逃走』で論じたテーマそのものと捉えることもできる。

この逆説性をクンデラは、主人公達の感じる重さと軽さの同根性を描き切ることによって、見事に表現して見せたと言えよう。

答えは難しい。

本質的にパラドクシカルだからだ。
だからこそアポリアなのだ。

強いて結論めいたことを言うならば、結局はどちらも同じもの、同根なのだ、という身も蓋もないものになってしまうのだ。

人生における重さと軽さという問い。

これこそが皮肉にも「永劫回帰」的なのだと結論付けることができるかもしれない。

人間の内面の不確定性のようなものの描写が見事な作品。

逆説的な言い方だが、心象を写実的に捉える、叙情を叙事的に描写する、そんな一見パラドクシカルな表現が似合う珍しい小説ではないだろうか。

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